1. 中国における生成AI広告規制の概要

中国において2025年6月より施行された「生成式人工智能サービス管理办法(生成AIサービス管理規定)」は、AIを活用した広告コンテンツに対して明確なルールを設けた新たな規制です。生成AIを活用した広告が急増する中で、ユーザーが本物と偽物を見分けられず誤認・誤導される事例が社会問題化し、国家インターネット情報弁公室(CAC)は情報の健全性と国家安全を守るため、こうした規制を導入しました。この新ガイドラインは、AIが自動生成したコンテンツを広告やプロモーションに使用する際、生成されたものである旨の「識別表示」や、ユーザーに誤解を与える表現の禁止などを明確に定めており、違反した企業には処罰が科される可能性があります。
生成AI広告規制の背景と目的
中国政府が生成AI広告を規制するに至った背景には、偽情報やフェイク広告の急増という社会的課題があります。とくにディープフェイク技術の進化により、有名人の画像や声を無断で使用した虚偽の広告が多発し、消費者被害が拡大していました。中国はデジタル領域において世界でも先進的な監視体制を有しており、AI技術の健全な利用を促進するため、今回のような法整備に踏み切ったのです。目的は、消費者保護と社会秩序の維持、そしてAI業界の健全な発展です。生成AIの利用自体を否定するものではなく、あくまで「透明性」と「正確性」を求める点が規制の核心となります。
規制の中心となる法律・ガイドラインとは
今回の生成AI広告規制は、「生成式人工智能サービス管理办法(2023年7月発表)」および「インターネット広告管理条例(改正2024年)」が基盤となっています。これらは中国のサイバー空間管理局(CAC)を中心に制定されたもので、特に生成AIの利用が広告目的である場合、「生成物であることの明示」「事実と異なる内容の禁止」「顔や声などの本人の同意なき使用の禁止」などが義務化されています。また、広告主にはコンテンツの事前審査やログ保存など、法的な責任も課されます。これにより、単なる技術規制ではなく、プラットフォーム運営者や広告主すべてが法的義務を負うことになりました。
規制対象となる広告コンテンツの具体例
中国政府が対象としている広告コンテンツには、AIが自動生成した画像・音声・動画・テキストなどすべての形式が含まれます。たとえば、有名人の顔をAIで合成して健康食品の効果を紹介する動画や、生成AIによって書かれた虚偽の体験談、レビュー記事などが対象です。また、生成AIで作成されたキャッチコピーや商品紹介文も、ユーザーが「AIによる自動生成」と認識できるよう明示しなければならず、それを怠ると違法と判断されます。特にWeChatやDouyin(中国版TikTok)、小紅書(RED)などの主要SNS上で展開される広告が厳しく審査されており、投稿削除やアカウント停止のリスクもあります。
2. 日本企業が直面するリスクと課題
生成AI広告に関する中国の新規制は、日本企業にとっても無関係ではありません。中国市場に商品・サービスを展開している企業、あるいはWeChatや小紅書などの中国SNSを活用してマーケティングを行っている企業にとって、この規制は法的・実務的に大きな影響を及ぼします。特に、生成コンテンツの「識別表示義務」や、広告表現の正確性、そして社内での管理体制が問われる点が課題です。違反した場合、広告の配信停止や罰金といった行政処分を受ける可能性もあり、中国向けのデジタル施策全体を見直す必要があります。これは単なるコンテンツ制作の問題ではなく、法令順守体制そのものを強化する必要性を突き付けています。
識別表示義務とコンテンツ審査の強化
中国の規制では、生成AIによって作成された広告コンテンツには「これはAIによって生成されたものである」との明確な識別表示が義務づけられています。日本企業が中国語で広告を展開する場合でも、この表示を怠ると規制違反と見なされます。また、広告プラットフォーム側のコンテンツ審査も厳格化されており、広告素材の提出段階でAI生成物かどうかの申告が必要になる場合もあります。これにより、従来は自由に投稿・配信できていたSNS広告が、事前チェックの対象となり、スピード感ある施策が難しくなるリスクも出てきました。特に短納期でAIを活用したコンテンツを作成していた企業には、計画段階から規制対応が求められる状況です。
偽情報・誤導表現への厳格対応
生成AIは多くの情報を学習し自然な文や画像を生み出せる一方で、事実と異なる情報を含むリスクもあります。中国の新しい広告規制では、この「偽情報」や「誤導表現」に対して厳しい姿勢をとっており、AIが生成したものであっても広告主に責任があるとされています。例えば、効果効能を誇張した表現や、存在しないユーザーの体験談を掲載することは即違反と見なされます。日本企業にとっては、これまで通用していた「やや大げさな表現」もアウトになる可能性があり、翻訳やローカライズ時点から細心の注意が必要です。実際にAIを使って作成したキャッチコピーやレビューを含む広告が削除された例もあり、表現の自由度が大きく制限される傾向にあります。
企業の内部管理体制への影響
中国の広告規制に対応するには、企業内でのガバナンス体制強化が不可欠です。生成AIを使用して作成された広告素材を社内でどのように管理・記録し、誰が承認するのかといったワークフローの見直しが求められます。特に海外子会社や代理店を通じて広告運用している場合、本社が把握しきれないリスクが存在します。また、中国ではログ保存の義務があり、生成過程の記録や広告配信履歴を一定期間保管する必要もあるため、法務やシステム部門との連携も重要になります。これらを怠ると「違法広告を意図的に配信した」と見なされるリスクもあるため、単なるマーケティング部門の問題としてではなく、全社的な体制づくりが問われています。
3. 日本企業がとるべき具体的な対応策
生成AI広告に対する中国の新しい規制に対応するためには、日本企業としても従来の広告運用プロセスを抜本的に見直す必要があります。単に広告コピーを中国語に翻訳するだけでなく、生成されたコンテンツがAIによるものであることを明示し、かつ誤情報や誇張表現を排除するという「品質管理」と「法令遵守」の観点が極めて重要です。また、中国国内の主要SNSやECプラットフォームごとに運用ルールや審査基準が異なるため、それぞれの仕様に合わせたコンテンツ制作が求められます。さらに、社内に中国法令に詳しいチェック担当者を配置するか、外部の専門家やローカルパートナーと連携し、リスクのある広告表現を事前に排除できる体制づくりも急務です。
AI活用コンテンツへのラベリング対応
中国の新ガイドラインでは、AIによって生成されたコンテンツには「これはAIが生成した内容です」といった明確なラベリングが義務づけられています。日本企業が自社のプロモーションや商品紹介でChatGPTや画像生成AIを活用する場合、そのコンテンツが生成物であると中国語で記載しなければなりません。たとえば、広告内に「此内容由人工智能生成(この内容はAIによって生成されました)」という表記を挿入する必要があります。これを怠ると、たとえ内容が正確であっても違反とみなされ、広告配信の停止や削除の対象となります。そのため、生成AIの使用有無を制作段階から管理し、生成物には必ず識別ラベルをつける運用ルールを社内で確立することが必須です。
WeChat・小紅書等プラットフォームごとの対応方針
中国での広告展開には、WeChat(微信)、小紅書(RED)、Douyin(抖音)など、複数のSNSプラットフォームが活用されますが、各プラットフォームには独自の広告審査基準が存在し、それぞれに最適化された対応が求められます。たとえば、小紅書ではUGC風の広告に対する審査が厳しく、AI生成コンテンツを利用する場合は投稿者情報との整合性も重視されます。WeChatではミニプログラムや公式アカウントの中で生成AIを使う場合、コンテンツの出所表示や審査フローがより細かく設計されています。日本企業は、それぞれのプラットフォームのポリシーを正確に把握し、テンプレート的に広告を出すのではなく、使用するメディアに応じた内容設計を行う必要があります。
中国法に基づく社内チェック体制の構築
新たなAI広告規制に適切に対応するためには、日本国内にある本社または現地法人内に「広告法規対応のチェック体制」を構築することが不可欠です。たとえば、広告コンテンツを制作するたびに、生成AIの使用有無や識別ラベルの有無、誤解を招く表現が含まれていないかを第三者がチェックする「社内承認フロー」の確立が求められます。また、中国現地の法律や運用ガイドラインは頻繁に変更されるため、アップデートされた法令をタイムリーに把握し、社内に共有できる仕組みも必要です。外部の中国法務の専門家と提携する、あるいは現地マーケティング会社との連携体制を強化することで、法令違反のリスクを最小限に抑えることが可能になります。
4. まとめ:中国AI広告規制時代を乗り越えるには
2025年6月から施行された中国の生成AI広告に対する新たな規制は、単なるテクノロジーの問題ではなく、企業の広告活動全体に影響を及ぼす大きな政策転換です。中国市場は魅力的である一方、法規制が非常に厳格であり、デジタル領域でも世界有数の統制が進んでいます。日本企業がこの市場で信頼を獲得し、安定的にビジネスを展開していくためには、単なる対応ではなく「準拠したうえで工夫する姿勢」が求められます。AIを活用することで表現の幅を広げながらも、規制に反しない表現を選ぶ、プラットフォームのルールに沿って運用する、といった柔軟かつ戦略的な思考が必要不可欠です。今後も継続的な情報収集と体制の見直しが、リスク回避と成果最大化のカギになります。
規制順守は信頼構築の第一歩
中国では「法律を守る企業」が消費者や政府から高く評価されます。広告コンテンツがAIによって生成されたかどうかを正しく開示し、誠実な表現を心がけることは、単に規制回避の手段ではなく、企業としての信頼性を高める重要な要素です。特に近年、中国国内でも「企業の透明性」や「倫理的な広告姿勢」が消費者の購買行動に大きな影響を与えるようになっており、コンプライアンスを重視する企業姿勢そのものがブランド価値の一部と見なされています。したがって、日本企業が生成AIを活用して広告を行う際は、表現の工夫と同時に、規制順守がブランドの信頼資産を構築する基盤であると認識する必要があります。
中国市場で長期的に成功するための姿勢とは
中国市場で継続的に成果を上げるには、「柔軟な適応力」と「ローカル重視の姿勢」が欠かせません。規制に対してただ従うだけではなく、その意図を理解した上で、いかに自社の価値をユーザーに伝えるかが問われます。たとえば、AIを使わずに人的に制作することが必ずしも良いわけではなく、生成AIを活用しながらも、中国人ユーザーの文化・トレンド・感性に寄り添った表現が求められます。また、中国の消費者は日本ブランドに対して一定の信頼を持っていますが、それを維持・発展させるためには「現地市場を尊重した誠実な取り組み」が求められます。こうした継続的な信頼の積み重ねが、短期的な広告効果を超えた中長期的な成功を導くカギとなります。
今後の展望と継続的な情報収集の重要性
AI技術は日々進化しており、それに伴い各国の規制も流動的に変化しています。中国でも、生成AIを取り巻く法制度は今後さらに細分化される可能性があり、現時点の対応に満足せず、常に最新情報を収集し続ける体制が重要です。企業としては、定期的に中国当局の発表や各プラットフォームのガイドラインを確認し、社内での教育や運用ルールの見直しを行う必要があります。JETROや現地法律事務所との連携、マーケティング支援会社からの情報収集など、複数のチャネルを活用して情報の質とスピードを確保することが、将来のトラブルを未然に防ぐ有効な手段です。変化が激しい中国市場においては、継続的な情報アップデートが企業の競争力を左右します。


