米アップルが中国のアップストア(Apple App Stor)からVPNアプリを削除する決定をしたことを受けてVPNアプリを提供する多数の企業がアップルを批判しています。アップルは数十ものVPNアプリの提供中止について「新たな規制に準拠していなかったためこれらのアプリの提供を中止することが法的に求められていた」と述べていますが、はたしてアップルの真意は如何に。
アップルへの批判
中国で“APP100”(Apple App StoreのTOP1500クエリをサポート)を運営する「北京7小麦技術有限公司」は、「60以上のVPNがアップルの中国本土のアップストアで提供中止となった」と報告しました。そして、世界で最も強力なVPNと言われる“VyprVPN”を提供する「Golden Frog」はアップルの決断を批判して同社を提訴すると述べています。「Golden Frog」のサンデー・ヨクバイティス社長はブログに「アップルはインターネットへのアクセスを人権として認識し、利益よりも人権を選んでほしいと思います」と投稿しており、また「ExpressVPN」も「アップルが検閲当局の側についたことに落胆した」と述べるなど、他にもアップルを批判する声が高まっているのです。それに対してティム・クックCEOは「アップルは中国の規制に従わざるを得なかった、アプリの削除が永続的なものにならないことを願う」と語っており、さらにアップルが提供した筆記録では、「もちろん、われわれもできればアプリの削除などしたくはない。しかし、ほかの国々の場合と同様、当社は自分たちが事業を展開している国の法律に従う。われわれは意見が合わないときも、政府と関わりを持つことの価値を信じている」と述べているといいます。この「政府と関わりを持つことの価値」とは何を意味するのでしょうか。
アップルが強気になれない事情
中国ではVPNサービスは明確に禁止されてはおらず、数々の主要企業は現行法の下で合法的に使用しており、これまでVPN接続のアクセス規制は多くの場合は企業ではなく個人が対象でした。ところが、今年1月に中国の工業情報省は「すべてのVPNアプリの開発会社が政府から認可を取得しなければならない」と発表したのです。アップルはこれらの規制の条件を満たさなかったとして、いくつかのVPNアプリをストアから除外することを求められたと説明していますが、アップルが中国政府の逆鱗に触れないよう注意を払わなければならない理由が他にもあるのは間違いなさそうです。アップルはほとんどのハードウェアを中国で生産しており、中国がその製品の主要市場にもなっているのですが、低価格の競合他社がiPhoneのマーケットシェアを脅かしておりアップルの収益はアプリやサービスに依存するようになりました。しかし、そのうちいくつかは中国政府の検閲に引っかかる可能性があったのです。VPNアプリの提供中止は中国で生き抜くために必要な措置だったのでしょうか、それともただのイエスマンなのか、いや、そうとは思えません。
アップルが中国にデータセンターを設立
7月12日にアップルは貴州省政府が出資する「雲上貴州ビッグデータ産業発展有限公司」と合弁で中国向けクラウドサービスを手掛けるデータセンターを設立したと発表しました。アップルが技術ノウハウを提供し、雲上貴州がデータセンターの運営を手掛けるといい、投資の負担割合など詳細は公表していません。アップルが中国にデータセンターを設置するのは初めてで、iPhoneなど複数のアップル製品から写真や動画などをインターネット経由で相互に手軽に利用できるクラウドサービスを中国で継続するためには、中国への設置が必要と判断したと言っています。そしてアップルは「暗号鍵は渡さずにユーザーのプライバシーを侵害しない」としていますが、何人かの専門家は中国にデータセンターを設けたことで、アップルに対し将来的にデータを渡すよう圧力が加えられる可能性があると指摘しています。アップルは中国で6月に施行された「インターネット安全法」に対応したとしていますが、同法は中国で集めた顧客情報などの重要データを中国内に保管するよう外国企業に義務付けており、米国など多くの団体が「データのグローバル活用の妨げになる」「中国当局に社内機密が筒抜けになる」との懸念が続出しているのです。アップルが同法を順守する姿勢を鮮明にしたことで、外国企業の間で同様の動きが広がる可能性もあり、日系大手企業の関係者も「法律に従わざるを得ない」と話しています。このデータセンター設立の話にはもうひとつ注目すべきことがあります。アップルがデータセンター設立の立地を貴州省にした裏話として「貴州省は、習近平国家主席に近くて将来の最高指導部入りが噂される陳敏爾氏がトップを務めており、習最高指導部との関係強化を見据えて立地を判断したとみられる」との噂が聞こえているのです。前述の「政府と関わりを持つことの価値」と繋がりがあるのでしょうか。
アップルの経営状況は
アップルの業績を見るとiPhone事業だけでなくサービス事業が爆発的な成長を遂げており、同社のルカ・マエストリCFOは2017年4~6月期の決算発表でサービス事業の売上高が前年同期比22%増と報告しています。サービス事業の売上高はスマホのiPhone事業の次に大きく、今やタブレットのiPadやパソコンのMacを大幅に上回るとのこと。ティム・クックCEOも、過去12カ月の売上高に基づけばサービス事業だけで米フォーチュン誌の「グローバル500社」入りを果たせると強調し、何人もの幹部が「アップストアの売り上げが米グーグルのアプリ配信サイト“グーグルプレイ”の2倍以上だった」と強調しています。またマエストリ氏はアップストアの有料アカウント数も大幅に増えていることを明らかにしています。具体的な数字には言及していませんが、端末の利用台数が増えたことだけが理由ではないと説明し、全く新たな顧客層を開拓するために代替決済手段をアップストアで使えるよう取り組んできた点を挙げて、決済に“アリペイ”が使えるようになったのも後押ししており有料アカウントの増加に大きく貢献していると説明しています。いまのところ中国における経営状態には一点の曇りもなさそうです。
インドでもiPhoneを生産
アップルは中国にあるフォックスコン(鴻海精密工業)の工場で1日に50万台ものiPhoneを作り続けることが可能にもかかわらず、インドでiPhoneの生産に乗り出すことを決めています。アップルはカルナタカ州の州都バンガロール市にインド法人の本社を構えており、台湾の「ウィストロン(緯創資通)」が受託して同市近郊に持つ工場を拡張してiPhone生産に踏み切る見通しです。世界最大市場である中国の伸びが鈍化しているだけに、中国に次ぐ市場になるとみられるインドでのiPhone販売もアップルの成長のカギを握りますが、現在のインドでは韓国のサムスン電子や地場企業のマイクロマックスに押され、iPhoneのシェアは2%程度にとどまっています、はたしてインドでのシェア拡大は見込めるのでしょうか。そして、アップルはさらに米国内に三つの巨大工場を建設するとトランプ大統領に約束したとの話もありますが、これはドナルド・トランプ氏が米国大統領就任前に「糞コンピューターやら何やらをアメリカで作りやがれ」と激しく罵しっており、トランプ氏が大統領に就任したことによる軌道修正なのでしょうか。
アップルは中国政府から苦々しい気持ちで視られていたのも事実です。中国の政府機関紙に「アップルは途切れなく中国を侵食してきた、国家の安全を脅かす存在だ」と名指しで批判された経緯もあってアップルは微妙な立ち位置にいたのです。このアップルの一連の動きには何か思惑が有るのでしょうか、それとも世界を舞台に「我が道を行く」なのでしょうか。