中国 中国事情

日本を訪れた中国人の想い

『中国でも日本のようにルールや秩序を守るようになったら、どんなに素晴らしいことか』これは、日本を訪れた事のある中国人の想いを、ある中国メディアが紹介したものです。そしてそのメディアは中国国内で見られるモラルに欠ける行為を嘆くとともに、「日本の良い部分を見習うべきである」とする文章を掲載していました。

自国民のモラルを嘆く中国人

ある中国メディアが、日本に訪問経験がある中国人の言葉を記事に載せていました。その内容は「近ごろ地下鉄のエスカレーターで、『右側に立って左側を空けるように』という放送を無視して左側に立ち、他人の通行を妨げている市民を見かけた。何日か前には、エスカレーターでの喫煙を注意した市民が、相手から鈍器で殴られて負傷するというニュースも見た。国民全体のモラルが向上する中でこういった状況は少数だとは思うが、それでもやはり2年前に日本を訪れた時のことを思い出す」というものです。

そして、それを語った人は更に、東京の地下鉄のエスカレーターでは利用者がみんな左側に立って右側を急いでいる人のために空けていたこと、公共スペースが非常に静かで、話す人もみんな小声だったこと、公共スペースや密閉された場所で喫煙する人を見かけなかったことなどを語り続けたとのこと。

そしてメディアは日本について「彼らは、ルールを守っての言動を小さいころから受け入れ、吸収し、自らの血液の中に融け込ませている。だからこそ、せわしない都会においても大いに秩序が保たれているように見えるのだ」と伝えていました。筆者はこれの「小さいころから受け入れ、吸収し、自らの血液の中に融け込ませている」の部分にピンと来たのです。

モラルと風習の違い

その一方で、自由気ままな生活を送る中国人として、数日間の日本滞在では「自分の行動が見えない鎖に縛られたようだった。話す・食べるといった日常的な行動すべてに細心の注意を払わなければならず、確かに窮屈さを覚えた」といいます。

それもそのはず、中国と日本の風習の違いがあるのです。中国では話をする時の声は大きく賑やかであり、食事もテーブルの上は食い散らかすのが礼儀みたいなものなのです。しかし、日本においてはその両方とも真逆の風習なのですから、中国人が日本に合わせようとすれば窮屈なのは当たり前なのです。

「小さいころから受け入れ、吸収し、自らの血液の中に融け込ませている」日本人には当たり前のことが、それと真逆のことを「小さいころから受け入れ、吸収し、自らの血液の中に融け込ませてきた」中国人にとっては尋常なことではありません。

ルールと人情味

そして最後に「以前、『外国に長いこといると、中国の人情味が恋しくなる』という話を友人から聞いた。日本人のようにルールをもっと守るようになれば、人情味たっぷりの中国はより暮らしやすい状態になるはずだと信じている」と結んでいました。

「人情味」という概念と「ルールの遵守」とは結び付きませんが、ここで言う「人情味」とは地元のルールや「しきたり」に沿ったつきあいであり、特に身内や親しい友人とのやりとりを指していることは筆者にもわかります。

もちろんルールや社会モラルをないがしろにした人情味(つきあい)は問題視され、可能な限り排除する必要はあります。しかし、もともと中国人は「身内や親しい友人」とはうまくやる気があるのですが、「あかの他人」には全くの無関心であることから、「ルールと人情味の両立」を語るとは予想外でした。

中国人が身内や親しい友人だけでなく、他人にも関心を持つ気質・気風になれば、先の「ルールと人情味の両立」は自ずと成立するようになるのではないでしょうか。「他人には無関心」という中国人気質であるが故に、社会モラルに対する進歩も見られない事に気付いてほしいものです。

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